福島地方裁判所会津若松支部 昭和37年(わ)106号 判決 1963年10月26日
被告人 木内捷
昭一四・二・七生 会社員
主文
被告人は無罪。
理由
一、本件公訴事実の要旨は、
「被告人は、昭和三八年五月二五日午前二時五〇分ごろ、会津若松市栄町三四八番地「ひだり寿し」こと目黒秀哉方において、会津若松警察署勤務の巡査長谷部孝行(当時二二才)より傷害事件の参考人として会津若松警察署まで任意同行を求められた際、俺は関係ない、黙つて入つて来てガアガア言いやがつてなんだ、てめいらやる気か、等と申し向け、いきなり同巡査の胸部、腹部等を手拳で突き右巡査に対し全治五日間を要する左胸部、左腹部打撲傷を負わせ、もつて同巡査の右公務の執行を妨害したものである。」
というのである。
二、よつて審理、判断するに、証人長谷部孝行、同鈴木勇美、同目黒秀哉、同吉川稔、同尾形進に対する裁判所の各尋問調書、第三回公判調書中の右証人らの各供述記載部分、村松政弘の検察官に対する供述調書、本田貞好の司法警察員に対する供述調書、証人本名裕世、同目黒忠正の当公判廷における各供述、被告人の検察官に対する供述調書、裁判所の検証調書および医師山口善友作成の診断書を綜合すると、次の事実が認められる。
昭和三八年五月二五日午前二時三〇分ごろ、会津若松市栄町三四八番地「ひだり寿し」こと目黒秀哉方において、被告人とその友人吉川稔、同尾形進が飲食中、右吉川、尾形は、同店表通りを通行中の村松政弘から同店表出入口前に立てかけてあつた尾形の自転車を倒されたことに憤慨し、村松を追いかけ、附近の路上において同人を殴打し傷害を負わせ、右目黒秀哉から制止されて収まつたのであるが、右村松の友人目黒忠正は右傷害事件を会津若松警察署へ電話連絡したため、同署の長谷部孝行、同鈴木勇美両巡査がパトロールカーで現場へ赴くに至つた。
両巡査は、前記「ひだり寿し」附近路上において、右村松および目黒忠正から、前記傷害事件の犯人は三人で、右店舖で飲食中である旨聴取した後、同日午前二時五〇分ごろ、まず長谷部巡査が同店内に入つた。店内においては、カウンターの前に被告人を真中にして両側に吉川、尾形と三人一列になつて椅子に腰をかけて飲食中であり、他に客はいなかつたので、同巡査は被告人ら三名を犯人であると考え、同人らに対し前記警察署まで来てくれとの趣旨の要求をするや、被告人が、俺は関係がない、何もしていない、行く必要はない旨答えた。そのため同巡査は、同店表出入口附近に来ていた前記村松、目黒忠正らに対し犯人を問うたところ、同人らは尾形と吉川を指示した。ここにおいて同巡査は、被告人が前記傷害事件の犯人ではないことを了解したが、尾形、吉川に同警察署まで同行を求める一方、被告人に対しても右事件について事情を知つているものと認めて、参考人として同行するよう促した。これに対し被告人はただちに、俺は何もしていないから行く必要はないと同行を拒絶した。しかるに同巡査は、さらに言葉鋭く執拗に同行を要求するので被告人は立腹し、俺をどうしようと言うのか、てめえの面は何だと発言するに至り、双方大声で、来てくれ、行かないという押問答となつた。そのうち同巡査は、椅子に腰かけたままの姿勢であくまで同行を拒絶している被告人の右側に近寄り、左手で被告人の右腕をつかみ、店外へ出るよう誘つた。そこで被告人は、行く必要はないと叫びながら立ち上りつつ、同巡査につかまれた右腕で同巡査の左手を払いのけ、さらに表出入口方向に向つてその腹部、胸部を二、三回にわたつて突き立てた。すると同巡査は被告人の右腕を支え、かかえるようにして被告人を同店表出入口附近に連れ出すと同時に抵抗する被告人に対し、公務執行妨害罪で逮捕する旨告げたところ吉川より事情を聴取していた前記鈴木巡査もこれに加わり、両巡査で被告人をパトロールカーに乗車させ、会津若松警察署に引致したそして長谷部巡査は被告人の右暴行により全治まで五日間を要する左胸部、左腹部打撲傷を受けたのである。以上の事実が認められる。
もつとも前掲証人長谷部孝行、同鈴木勇美に対する裁判所の各尋問調書、第三回公判調書中の証人長谷部孝行の供述記載部分中には長谷部巡査は、被告人がよろけそうになつたのでそれを支えてやろうとして手を出したこと以外に同行を求めて被告人の身体に手をかけた事実や、引ずり出そうとした事実はない旨の供述記載があるが右は証人本名裕世、同目黒忠正の当公判廷における各供述、目黒秀哉に対する裁判所の尋問調書、第三回公判調書中証人目黒秀哉の供述記載部分に照らして措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三、右認定の事実によれば、長谷部巡査が被告人を既に行われた村松政弘に対する傷害事件について事情を知つているものと認めて当初いわゆる職務質問のため同行を求めたことは、警察官職務執行法第二条第一項第二項に基づく適法な職務執行である。しかし、同法第二条第二項の「同行することを求めることができる。」というのは文字どおり同行を要求することができるという意味であつて、同条第三項に徴しても強制力による同行を認める趣旨でないことは言うまでもない。しかるに、前記認定のように、長谷部巡査は、被告人が再三言葉や態度をもつて同行を拒絶する意思を明らかに表明しており客観的にみてその意思はすこぶる強固であつて、もはや従前の説得方法による翻意は期待しえない状況にあつたのにもかかわらず被告人を納得させるという手段に出ず、いたずらに同一の押問答を繰り返えすことに終始し、最後には被告人の右腕をつかむ挙に出たのであり、これはまさに説得の限界を越え、強制力によつて同行を求めたものと言うべきであつて、同条項に基づく警察官の職務行為としては著しくその範囲を逸脱しており、違法な職務執行と言わなければならない。したがつて、これに対し被告人が前認定のような暴行を加えても公務執行妨害罪の成立する余地はない。
そして、被告人は、自己に対するこのような現在する違法な職務執行に対し、自己の身体、自由を防衛するため前認定の行為に出たものであり、その程度、方法も必要にして相当であると認められるから被告人の右行為は正当防衛行為として傷害罪も成立しない。
なお付言するに、被告人の右行為が正当防衛行為としてその違法性を阻却する以上、右行為によつて前記尾形、吉川に対する長谷部巡査の職務行為が妨害されたとしても、これによつて公務執行妨害罪が成立するものではない。
よつて刑事訴訟法第三三六条に則り、被告人に対し無罪の言い渡しをすべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田久雄 池田良兼 土川孝二)